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ネット上の私に意見するものは、まだ人間じゃない

 

タイトルはディックの短編から。

 

 

まだ人間じゃない (ハヤカワ文庫 SF テ 1-19 ディック傑作集)

まだ人間じゃない (ハヤカワ文庫 SF テ 1-19 ディック傑作集)

 

 

 

目に見えないから、人間じゃない。
目と耳と鼻と口を持って、唾を飛ばしながら目を見て話してくるから、相手は人間だ。

だから、目も耳も鼻も口も「見えない」ネット上の書き込みは、また、ずっと、人間じゃない。


「どうせ向こうは知らない相手だから、好き放題に相手の悪口を書いたらいいじゃない」


以前、リア充寄りの友人が、ネット上の書き込みに対して、その書き込んだ相手を人間だと思って扱おうとした私に対して放った言葉です。


彼はリア充寄りであると同時に、形而上の差別を嫌うネット世間の人々と違って、己がマジョリティであるという安心を以て、「世間並み」に差別的な人でした。

 

だから彼の言葉は己が間違っておらず、多数派であるという安心から来る強さがあるため、堂々と世間並みに差別的であったわけです。

 

彼はネットの通信対戦の出来るカルドサーガのネット対戦をプレイしている時にも「どうせ向こうとは会わないんだから、悪口を書き込んだりボイスチャットで『バーカ』と言えばいいのに」と私に囁きました。

 

後に彼がカルドサーガを最初からプレイしようとして、私のデータを全部消してしまい、慌てて逃亡したのも、そうした軽率さと関係があったのでしょう。

 

迷いが無くて、自信のある人ほど、行動力がある分、軽率さからくる過ちも多いでしょうし、その穴も持ち前の行動力でカバーしたり逃げたりするでしょう。

 


往々にして逃げずに責任を取る人って、上記した人と正反対の、大石蔵之介みたいなタイプでしょうから。

 

ただ、そんな彼は世間的な人であるが故に、ネットに特化した天然炎上体質の私とは違う形で炎上を招くと想像されます。

 

よく、芸能人や識者や政治家や作家がネット上の書き込みで炎上しますが、それは彼らが香山リカさんや内田樹さんみたいに閉じたサークル内の住人である以外に、モニターの向こうの存在を私の友人みたいに、人間扱いしてないから炎上するのかもという疑念が浮かびます。

 

リア充寄りの、コミュニケーション能力に長けた人は、友達付き合いを大事にしますが、皆が皆、友達を大事にしているわけではありません。

 

立ち回りがうまかったり、いざという時に逃げを打てる要領がいい人は、ロンブーの敦さんや久米宏さん、オタキング的な要素を持ってるように私には感じられます。

 

「ネットのみんな、初笑いはどうだったかな」

 

そんな人たちは、恐らく無自覚にネット上の人々を見下してるか、人間扱いしていない仮説が私の中にあります。

 

すると、自分の意見を否定したり罵倒する相手を、ネトウヨや「気持ち悪いネットの住人」と「差別」して、自分を保って安心している可能性があります。

 

いや、自分の精神を嫌な気持ちにするものは「児童ポルノ」や「性的消費」や「在日」や「ユダヤ人」や「非国民」なのだと。

 

差別は己が安心するため、なんでしょうね。

 

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