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ちょっとひどいお話

 

 

 

 

 

  •  最近の私の考えで、人間には意志があるように私達が錯覚しているだけで、実際は体や脳が動くことによって、そこで発生する微弱な生体電流によって発生するノイズを人間の意志だと錯覚しているのではないかと。

 

  別に厭世観にとりつかれたわけではなくって、ふとした疑問がきっかけです。

 

 私は以前、親の仕事の関係で電気を少しだけ学んだことがありました。

 

 そして電気と周波数の関係などを学びました。

 

 周波数や電気の話だと、まず「ノイズ」の話が出てくると思います。

 

 電気モーターだと、電気の流れが切り替わった時に、スパークが発生してノイズが発生します。

 

 そのノイズこそが人間の意識ではないだろうかというお話です。

 

 この考え方は別に私だけではなくって、他にも同じ考え方をしている人がいます。

 

 ただ、何故最近そう思うようになったかというと、ある事例との遭遇がきっかけです。

 

 

 私はここで、一人の患者?と出会いました。彼は普通の人なのですが、一旦趣味の話になると永遠とも言えるほど、同じ話を延々と繰り返します。

 

 また、人が説得しても、話がある程度進むとある引っかかっている事案がくると、同じように何度も同じ話を繰り返してしまいます。

 

 そのため、周囲の人間も疲れ果ててしまいます。

 

 この状態を、私は、脳というレコード円盤に傷が入っている状態だと考えました。

 

 つまり、ある程度説得や話をしても、彼が脳や記憶に傷を持っているため、そこでブツンと飛んで、また同じ所をグルグルと回るわけです。

 

 つまり、今まで話していた人の話の記憶や内容とかがキャンセルされて、自分が引っかかっている部分に拘泥し続けるわけです。

 

 これと同じケースの発達障害の子がいましたが、彼に何かを熱心に教えても、五分後には平気で忘れてしまうのです。其のくせ、何ヶ月も前の記憶がしっかりと鮮明に記憶されているのです。

 

  • 個体と群体

 

 一応、同じ間違いを繰り返す人でも、メタ認知と言って、過ちや怒りの衝動性が強い人でも、自分を冷静かつ客観的に観察する視点を脳内に常にセットしておけば、いかりや刺激反応の衝動性が強くなっても、ソレに対してブレーキを掛けられるようにはなりやすいと言えます。

 

 ただ、そうした考えにしても、いや、だからこそSSRIという、脳に直接作用して、セロトニンの再取り込み防止薬を飲むようになった私だからこそ、人間の感情や衝動性って、何故出てくるのかとか、色々考えるようになりました。

 

 そうした時に、人間の意識というものに対して疑念を抱いたわけです。

 

 私達が「自分」というものを持っていると思いながらも、それの実在を誰が証明してくれるのかということです。

 

 無論、同じように「意識」を持っている人がそれを証明してくれるとは思いますが、その「意識」とやらが疑惑の対象になると、その限りではないように思えます。

 

 こうした話をするときによくするのが、「動物に意思はあるのか」という仮定です。

 

 無論、「百姓貴族」の中で、賢い牛は自分が殺されるのをわかって涙を流すという場面が出てきますが、その涙にしても牛に「意識」はあるのかという疑念が生じます。

 

 

百姓貴族 (3) (ウィングス・コミックス)

百姓貴族 (3) (ウィングス・コミックス)

 

 

 この手の話をすると、「犬や猫に人間と同じように感情や意識があるのだろうか」という問いかけを読者に語りかけた物語がありました。

 

 その名も「神州纐纈城」でした。

 

 

神州纐纈城(上) (講談社漫画文庫)

神州纐纈城(上) (講談社漫画文庫)

 

 

 人間が人間を「にんげん」として、自分や自分と異なる個体を確認していますが、デカルトのいう「我思う故に我あり」に於ける「我」や「思う」とは、何をしてそう思うことが可能になっているのかという事です。

 

 つまり、空を飛ぶ蚊や地を這う猫に意識や考えがあったとして、それを我々がどうやってその存在を知ることが出来るのか、若しくはその不在を知ることが出来るのかという話を、上の「神州纐纈城」の中で問いかけが行われるわけです。

 

 

 

 

 

  • ノイズと車

 

 話が大げさになったので、軽く話を元に戻します。

 

 人間の意識がノイズという点から車の話に移ります。

 

 

 車は、エンジンの中でガソリンが発火することでその爆発力によって動きます。

 

 そこには本来、電気は必要ではありませんでした。

 

 後に、キースターターに電気を通し、そしてバッテリーから電気を引っ張ってきて、スターターに電気を通して高速回転を与えることで、エンジンを動かすための起動力を得るようになりました。

 

 これが原始的な生物だと仮定しましょう。

 

 

 そして、後にバッテリーから得られた電力で車を制御するコンピューターを搭載した車が誕生しました。

 

 そのことによって、次第にコンピューターを介さないと車が動かないようになりました。

 

 感の良い方はお気づきだとは思いますが、このコンピューターを搭載した車が人間や他の高等生物だと、私は仮定するわけです。そしてコンピューターを動かしている間にも、ノイズは常に発生するわけです。

 

 

  • ノイズの発生

 

 ノイズが発生するときは、具体的言えばラジオが一番わかり易いです。

 

 ラジオを聞いている時に、ラジオの近くで電気をつけると、ラジオの音に影響が出ます。ノイズが発生したからです。

 

 そして人間の意識も私はノイズと同じではないかと思うわけです。

 

 つまり、新型の車がガソリンで動くエンジンによって余剰電力が発生して、そしてコンピューターが動いているわけですが、その際に発生したノイズ(意識)が、車を動かすシステムの絡みもありますが、車のエンジンを掛ける際にもコンピューターが介在するため、コンピューターのノイズが「自分が車を動かしている」と錯覚する、というのが私の考えです。

 

 

 ちょっと話が混戦してきたので、今日はこのへんで。